歴史を歪曲する岸井成格氏のTBSサンデー・モーニングでの発言
Kishida Shigetada Twisted Historycal Facts In "Sunday Morning"
2009年7月19日のTBS『サンデー・モーニング』には心底驚かされた。番組において重要な立場である氏によってとんでもない歴史の歪曲が行われたのである。放送法に「報道は事実をまげないですること」とあるが、サンデー・モーニングが報道ではないと主張するにせよ、もし、そうした立場から何を言ってもよいのだ、とするのは視聴者を愚弄するものだ。
問題の発言は三つ。ヴィデオにとっているわけではないので要点を。ちなみに、55年体制、という言葉を表には出さなかったと記憶している。発言も、以下に整理するようにすっきりしたものではないが、事実上そうだ。
1) 55年体制での日本の政党の「対立軸」は米ソ対立を反映したものである
2) 55年体制下で、自由で、民主主義な政党は自由民主党しかなかった
3)冷戦が終了したので、小選挙区制を導入し、二大政党制になった
この話は、現在、二大政党制の下で「はじめて」政権交代が現実に可能になっている、という彼の評価に基づいたものなのだが、これも誤りだ。その前の参議院選挙で自民党が敗北していたという点では、実は前回の衆議院選挙も同じなのである。その気になれば、前回衆議院選挙でも政権交代は可能だったのはいうまでもない。ただし、前回の衆議院選挙は例の郵政選挙というとんでもないものだったのは、さすがに彼も覚えていよう。
今は歴史的経緯を知らない人も多いだろうし、忘れてしまった人も多いだろう。そこで、わたしがここで「そこそこ正しい歴史」を以下に示すが、岸井氏のような大新聞社のえらいさんであって、毎週の有力ニュースショーの常連かつ影響力のある地位にある人物が同じように「忘れている」(?)というのは問題である。
1) 歪曲その1;55年体制での日本の政党の「対立」は米ソ対立を反映したものである
自民党と社会党を基軸に、民社党、共産党、公明党といった党があるという5党体制が基本だったが、どれかの党が米国を代表しており、どれかの党がソ連を代表しているといったことはない。ただ、自民党が今に至るまで、米国の影響下にあるのは明らかだ。
ソ連を代表するような政党はなかった。社会党はそう見えたとしても、実はそうではない。社会党の立場は(どれぐらい本気だったかはともかく)米国の影響を排除するというものだったから、比較上、そう見えただけだ。
70年代までは、両者とも「ケインズ型」と称される混合経済、福祉国家タイプの国家ヴィジョンの実現に進んでおり、違いは、自民党がより財界(経営陣)や農民の、社会党がより労働側の利益を主張していたという点にあった。これは明らかだ。それともう「ひとつ」の違いは憲法問題と、日米安全保障問題であり、この2つは関係している(ただし、国民の利益という観点からは、実はこれは象徴的なもので、主たる論点ではなかった)。
もちろん、社会党は「日ソ安全保障条約」を結ぶという立場ではなかった(仮にそのようなことを主張したならば、ほぼ即座に少数党に転落していただろう)。
従って、その対立は基本的に冷戦とは関係がない。だから欧州で、冷戦終了後、社会党と同等の立場にある政党が没落したり、消滅したりしたといったことはないわけだ。例を挙げておくと、英国で労働党、フランスで社会党、ドイツで社会民主党である。これら政党は、現在でも政権を争う位置にある。もっとも、近年退潮が目立つ国もある。ただ、知っての通り、今のところは労働党は単独政権与党、社会民主党は連立政権に比較少数党として与党の立場にある(とはいえ、もう終わっているも同然だけど)。
2) 歪曲その2;55年体制下で、自由で、民主主義な政党は自由民主党しかなかった
こんなことを堂々といえるとはすごいものだ。ということは、社会党、民社党、共産党、公明党のいずれも、自由ではないか、民主主義ではないかといったことを岸井氏は主張しることになる。
全くこれは驚くべきことで、当時を知っている人から見れば、むしろ自民党こそ、自由を抑圧し、民主主義に反対していた(つまり、一部のボス政治、ボス利権に固執していた)ことからすれば、どうしてそういえるのか不思議だ。自由民主党は保守政党だから、個人の自由を抑圧するのは当たり前である。一般に、社会民主主義勢力(当時は「革新勢力」と呼ばれていたが)の方が個人の自由を尊重していたし、している。(最近のメタボ健診や、インターネットにおける表現の自由の問題を見よ)
自民党は、より個人の自由を抑圧し、集団に従属させる方向を打ち出していた(典型的には改憲)ことは議論の余地がない。一体どうしてこんな歪曲ができるのか。
岸井氏は、そうすると「新自由クラブ」もまた、自由でないか、民主主義でない、と主張するのだろうか。
3) 歪曲その3;冷戦が終了したので、小選挙区制を導入し、二大政党制になった
小選挙区制の導入は、(全くないとはいえないものの)冷戦終結とは基本的には関係ない。
それはずっと、保守勢力の悲願だったものだ。鳩山、田中のそれぞれの政権で課題となったものだが、断念に至った経緯がある。現在に至る衆議院の小選挙区制度の導入は、まだベルリンの壁崩壊とか、マルタ会談とかいった1989年後半に起きた冷戦崩壊の象徴的な出来事の前から議論がなされていたものである。
選挙制度変更の直接の「きっかけ」(というより口実)とされたものは、リクルート事件で、これによって「政治とカネ」の問題がクローズアップされ、その解決を選挙制度変更に求めるという奇妙なことになったのだ。
もうひとつの「きっかけ」は、いわゆる「一票の格差」問題である。これは個々の選挙区の定数を変更を迫るものだったわけだが、それとのからみでも選挙制度変更が議論された。
絶対的に見れば少数でも、比較多数であれば政権を維持可能な小選挙区制は自民党にとっては夢のようなものだったが、一方で野党の反対も強く、実現は困難だった。
ただし、しつこく宣伝を繰り返すことで、例えば「連合」(労働ナショナルセンター)が「二大政党制」を打ち出し、その一環として小選挙区導入の方向に動くなど、国内の空気は徐々に変化していった。ただ、この「二大政党制」は連合が当初想定しただろう形には全くならなかったわけだが(わかってやっていたとすれば、すごいが)。
こう、私が主張したところで説得力がない可能性があるので、新聞記事を引こう。朝日新聞の1989年1月18日から、である。いうまでもなく、冷戦はまだ象徴的には終結していない。「衆院小選挙区比例代表制、自民幹事長が積極論」とする記事だ。
自民党の安倍幹事長は17日午後、日本記者クラブで講演し、竹下首相が掲げる「政治改革」の柱のひとつである選挙制度の見直しについて「衆院は小選挙区制度に比例代表制を加味したものがいいのではないか」と述べ、「小選挙区比例代表制」の導入に積極的な姿勢を示した。小選挙区制度については過去に何度か浮上しながら、「自民党に有利だ」とする野党などの強い反対で具体化しないできたが、比例代表制と組み合わせた制度には、最近、野党や労働界の一部にも支持する声が出ており、「政治改革」の中で焦点となりそうだ。
安倍氏は小選挙区比例代表制の長所として(1)政党は選挙区ごとに候補者を整理することができ、政党中心の選挙ができる(2)各政党とも政権獲得の可能性が高まることから、政策面などで現実的対応をするようになる、などの理由をあげ、「かつて、鳩山内閣や田中内閣でも取りあげられたが、(自民党に)政治改革委員会ができたので、もう一度取り組みたい」と述べた。
小選挙区比例代表制は、議員定数の一部を「定数1」の小選挙区に当て、残る議席は政党別の得票率に応じて割り振る。西独などで実施されており、大政党に有利な小選挙区制に比べ、少数政党も当選者を出せ、死票を防ぐ長所があると言われる。
実は、最後の「小選挙区比例代表制は、議員定数の一部を「定数1」の小選挙区に当て、残る議席は政党別の得票率に応じて割り振る。西独などで実施されており、大政党に有利な小選挙区制に比べ、少数政党も当選者を出せ、死票を防ぐ長所があると言われる」という部分にはインチキがあるのだが(というより、ほとんどデマである)、自民党の主張を、朝日の記者がそのまま書いたものだろう。このあたりの「小選挙区比例代表制」導入にまつわるインチキについては稿を改めよう。
しかし、重要なのは、この日付がベルリンの壁崩壊よりも、もちろんマルタ会談よりも前だということである。小選挙区制と、それにともなう二大政党制計画は、冷戦終結以前から検討されていたものなのである。
そもそも、国際環境が変わったから、国内の選挙制度を変えるなどという(岸井氏が言うような)話には、誰もがおかしいと思うはずだ。
以上、3点の「歪曲」について、私がより正確な見通しを提供した。
しかし、この類の歴史の歪曲は岸井氏に限ったことではない。二大政党制でないと、政権交代はないとか、保守二政党が当たり前だといった類の、全くもって世界的には通用しない言説が日本だけで通用しているのだ。それも、国外の事情がよくわからないという大きな理由を背景にして。彼らの撒き散らしている言説で、どれだけ日本の政治経済社会が歪められているか知らない。
こういった言説をするものに、彼らが今もっているような地位を与えてはならない。ますます、我々が幻想の中で過ごすことにしかならない。
その状況を改善するために、現在、最も必要なのは、社民主義政党たちの躍進である。逆に言えば、仮に今度の選挙でも彼らがきちんとした地位を占めることができないのならば、日本の将来は全くもって暗く、現在のように、世界の中での「夜郎自大路線」を突き進むことになるだろう。
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