鳩山総務相が問う東京中央郵便局への世論-10年前の調査結果を参考に
Public Opinion for Tokyo Central Post Office at 10 Years ago
東京中央郵便局についてである。2009.3.3にテレビにて見物したところでは、鳩山邦夫総務相が、東京中央郵便局について「国民の意見」を問いたいとしていた。
ネットという世界は面白いもので、妙な文書がころがっているものだ。それをここで示すことで、「国民の意見」を考える参考にしてもらいたいと思う。
その前に、言っておきたいことがある。民営化・私有化された国鉄は、いくつかのシンボリックな駅舎を除いて、多くの収益が見込めるような駅で不動産事業に乗り出した。それを考えれば、同じように民営化・私有化された郵政事業も同じ道をたどることは国民にも当然予想されたはずだ。それに、郵政民営化で、一部からは期待されたことのひとつは、まさに、一等地にある局舎の「再開発」だったのである。そのことを知った上で投票した人がどれだけいたかどうかはわからないが、2005年の郵政選挙は、すでに、例の「都市再生」がスタートしてから数年たった時点だったのだから、そのときに、日本国民はきちんと判断すべきだったのである。
(ただ、JRは、皇居に近いというせいか、(イチジクの葉的に)東京駅丸の内側は比較的保存した。しかし、万世橋駅(旧交通博物館あたり)などなどについてはどうだろうか)
では、本題。
その文書は、これである。「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会」(という、簡単に言うと、なるだけ自由に建て替えさせてね、という方向性のある団体)が出している資料だ。(http://www.aurora.dti.ne.jp/~ppp/guideline/pdf/shiryo_2008.pdf)
(しかし、天下の三菱(もちろん、この(大丸有)「懇談会」のあるじの一人)が、三菱系のDTIに「懇談会」のサイトを置くとは、やや、セコさが感じられないだろうか? ひょっとすると、わざと「市民団体」的に見せたいとか?(まあまさか))
で、「懇談会」の性質上、容積率なども限りなく増やしてチョ、みたいな思想がバックボーンとしてあるということは想定できるわけだけど、この資料自体は面白い。アンケートとかで、割と公正に情報をつかめるからだ。
早速、ダウンロードして(PDF)見てほしい。
まず見るべきなのは、14ページからある「大手町・丸の内・有楽町地区に関する就業者/区民アンケート調査結果の概要」である。アンケートが実施されたのは、平成10-11年とあるから、1998-1999年である。五十嵐敬吉氏、小川明雄氏の『「都市再生」を問う -建築無制限時代の到来-』2003、岩波新書、p.20で指摘されていた橋本龍太郎内閣、2997.2.10の閣議決定(これで土地政策が地価抑制から「土地の有効利用」に転換した)の翌年である。すばやい。
で、就業者アンケートの結果が紹介される。つまり、大手町などで働く人の意識だ。
「現状の問題点」「望ましい将来像」「建物の高さについての考えかた」「交流・文化・活性化施設などの望ましい配置」「歴史的な建物の保存などに要する費用の負担ありかた」について聞いているわけだけれども、本稿では紙幅を考え、真ん中の「建物の高さについての考えかた」についてのみ紹介することにする。就業者へのアンケート結果は、
「現状より高い建物も認めながら、全体としてめりはりと統一感のある建てかたをめざす」(52.5%)
「現状維持を前提とし、高層化を避ける建てかたをめざす」(24.6%)
「都市や建築の躍動感を損なわないように、自由な建てかたをめざす」(20.0%)
となっている。もし、私がこのアンケートを、なんらの誘導意図もなく作成したのであれば、全然違った(要するに、もっと客観的な選択肢の)アンケートを作っただろうが、この若干意味の明瞭でないアンケートからでも、回答に現れる意識を読み取ることができる。当時の「現状」というのは、建物の高さが現在よりも、ずっと低いものだったので、「現状維持を前提とし、高層化を避ける」というのは、要するに、大体一桁(せいぜい10階)建てが考えられていたものと思われる。そして、「都市や建築の躍動感を損なわないように、自由な建てかたをめざす」というのは、現状のように、ほぼ自由に30階建て以上の超高層ビルを建てることだろう。そして、「現状より高い建物も認めながら、全体としてめりはりと統一感のある建てかたをめざす」というのは、その中間。(とはいえ、たぶん、この書き方なら、13階-20階建てぐらいが想像されるかな?)
ここでは、従業員すら、「都市や建築の躍動感を損なわないように、自由な建てかたをめざす」は20%にしか過ぎなかったことを確認しておこう。
次に、区民アンケートというものがある。なぜか、かつて区政モニターになった人が対象という、よくわからないサンプリングだ。結果は次の通り。
「現状維持を前提とし、高層化を避ける建てかたをめざす」(45.0%)
「現状より高い建物も認めながら、全体としてめりはりと統一感のある建てかたをめざす」(38.5%)
「都市や建築の躍動感を損なわないように、自由な建てかたをめざす」(14.8%)
就業者アンケートとは一位と二位が逆転し、(当時の)現状の高さを維持することが、区民の意志として表示されているのだ。
「自由な建てかた」というのは、就業者よりも、さらに低い。
もうすでに、10年前に、「住民の意思」レベルでは、この地区の将来への希望はイメイジされていたのだ。しかし、その後の展開は、住民の意思などまったく無視し、「法人」という、「一個人」が、多数の住民(や就業者)の意思を踏み倒すのを国や自治体が応援する形で進んでしまった。結果的に、もう、私からは、東京中央郵便局がどうなろうと、町並みとしてみれば徹底的に改変されてしまった何かがそこにあるとしか見えない。
まったく、日本国の「国」とか「地方自治体」が、そこに住む住人ではなく(時には、この場合のように、法人という法的な「ひとり」が住んでいることもあるけど)、なんらかの団体を優先することは、毎度毎度驚かされる。
次に、16ページまで進もう。ここには、「大手町・丸の内・有楽町地区に関する有識者ヒアリング結果の概要」という、「平成10年から12年にかけて」のヒアリングの結果が掲載されている。
ここに掲載されている意見は、それぞれ、とても面白いものなのだが、今から考えると、結果的には、彼らの大多数の意見とは全く違う「町並み」が現出しているのだ。非常におおざっぱにいえば、大手町、丸の内、有楽町の地域は、さほど高層化せず、しかし、見栄えのある、日本や世界から手本になるような、そういった町並みを目指すべきだ、という意見が大半なのである。
しかし、ここでも、われらがミスターKが登場する。経済学者の八田達夫氏である。うーん、頭が痛くなってくるぜ・・・で、彼の主張するところは次の通り。(強調ほよっ)
都市に人々が集中する根本的理由は、フェイス・トゥ・フェイス・コンタクトを効率的に行えることにある。
国際的な都市間競争の中、東京は集積度と効率性を高めることを何より重視すべきである。
容積率制限は、通勤混雑を抑えるための便宜的手段に過ぎず、交通がサポートできる限界まで高くすべきである。
景観は、時代に応じて変わってよい。高層ビルの高さは自由にするのがよく、皇居の美しさがそのために損なわれることはない。
本地区は、歴史的建造物をあちこちに指定して、都市機能を損なうことがあってはいけない。
結局のところ、「有識者」のほかの誰が何を言おうとも、経済学者である八田氏ひとりの路線で、ことは進んだ。上のものは、八田氏への「ヒアリング結果」だが、すばらしい「予測」になぜかなってしまっているのだ。「懇談会」は、よくこうした「経済学者」を発見してくるものだ。このあたりの構造は、誰か、解明してくれることを希望。
ということで、「都市再生」が「軌道に乗る」前の段階では、結構、まだ正気な見解が(ある経済学者以外は)表明されており、それが、現在の「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会」の資料にも反映されているのだ。
最後に、私自身の意見を述べておこう。まず、当地が皇居に近い、という理由で建築物を保存するのはナンセンスだ。だが、それなりに建築的に意味のあるものなら、保存に値しよう。
次に、考えるべきなのは、「保存」の方法だ。「保存」したとしても、そのまま、といくはずもない。ある程度、改新しつつ保存する必要がある。その場合、外観や内部の変更も、当然、起こりうる話だ。日本の場合、これが、土地所有者の自由に任されているとことが問題なのだ。
これは、歌舞伎座の件で扱った話でもあるけれども、日本のように成熟した国で、住民や国民が、全くそういった土地利用に口を挟めないというのは変すぎるのだ(まずは、変だということを自覚してほしい)。
保存といっても、完全に保存することは難しい場合、ある程度、元あった建物を改変して使うことになる。
ドイツで言うところのSanierung(ザニールング)である。なんでもかんでも、欧州が素晴らしいとはいえないが、他国のアイディアを知っておくのは悪くない。以前のアーティクルで取り上げた、ベルリン・シュターツオーパーもSanierunugの例としては、そうだ。
ちなみに、以前の記事(「日本が緊急にやるべきこと 2-ドイツの国鉄関連株式売却停止(私有化一時停止)に学ぶ」(http://mrknomousou.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/2japanease-gove.html))で取り上げたように、ドイチェ・ポストの民営化・私有化は評判はよくない。ベルリンでは、ハレ門あたりに、ポストの墓石ビルが建っている(地下鉄U1から見れるだろう、あのビルが、ポストのビルかどうかもよくわからないけど)。
だが、ベルリンの「郵便局」の建物は、立派に保存されているのだ。
ベルリン・コミュニケーション博物館
(http://www.museumsstiftung.de/index.php?id=148)
ここは現在、いってみれば、ベルリンの「ていぱーく」のような博物館だ。それが、歴史的建造物の中にあるのだ。(今の大手町のていぱーくがあるビルもかなりステキだけれども)
見てみればわかるが、決して、古い建物がそのまま保存されているわけではない。天井部分にガラスを取り入れるなどして、改築してある。(ちなみに、ザニールングという言葉は、単にとりこわし・建て替えという意味で使われることも多い)
なぜ、日本でこうしたこと(元あったものをそこそこ生かす改築)ができないのか。それは、政治、および、国や地方自治体の体質にあることは間違いない。利害が絡むため、極端論に行き着きやすいからだ。今後、日本国民がよりよい環境で生活してゆくためには、とりわけ、後者、国や地方自治体(の、端的にいえば従業員=公務員)を、法人という仮想された国民ではなく、生きた国民のほうに向かせることは極めて重要だ。
さらにはっきり私の意見をいえば、現在の東京中央郵便局の改築案はナンセンスだ。これだったら、むしろ古い部分を剥ぎ取り、ちゃんとした現代的ビルで、なおかつ、世界レベルの建物を建てたほうがずっとよいだろう。あの東京中央郵便局を建て替えてよかった、と国民が思えるような。日本人だけのノスタルジーではなく、日本国民以外もわざわざその建築を見に行くような。でなければ、ドイツ的ザニールングだ。
今、議論の対象になっている「完成予想図」は全くのところ、脱力するようなものでしかない。
かつての建物のファサードに、墓石ビルをくっつけたものでしかない(もっと正確に言うと、墓石ビルの下部に、かつての建物のファサードを巻きつけたようなものだ)。どうして、このような建物を、日本の首都の名前を冠した「東京駅」前におくことができるのか。「おくことができる」と思っていることろに、一部日本人の、ほにゃらら体質があるのだろう。
何度も繰り返したが、破壊は簡単だが、維持とか、創造はずっと難しいのだ。楽な道を選んでいては、この国に未来はない。
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