朝日「社説」=「自民党選挙宣伝」? 2005年7月31日の朝日社説
郵政だけじゃない 政策投資銀行もまた株式売却の運命 朝日新聞で読み解く3
Also Development Bank of Japan will Go to Private Completely(3)
この記事を書いている2009.2.10現在、麻生太郎首相の郵政民営化反対だった発言、が議論をかもしているようだ。
麻生首相は、当時民営化の担当ではなかった、ぬれぎぬだ、と発言した由であるが、そこで使われた「ぬれぎぬ」という言葉遣いに注目したい。
これは、一般に、誰かがよくないことをしたときに、そのことをしたのが、別の誰かだとみられることをいう。
通常は、犯罪行為や、一般に「悪」とされていることが、本当の誰かでない誰かがおこしたものだ、と見られたときにに使う言葉である。
したがって、麻生首相が、かつての郵政民営化決定に責任ある立場であったのか、ということに対して「ぬれぎぬだ」と語ったのは、そして、その言葉遣い自体は問題となっていないのは、はからずも今日本を覆っている郵政民営化は犯罪的行為、よくいって「よくないこと」だったのだ、という認識(後悔)を追認するものとなっているのだ。
そう。郵政民営化は犯罪的行為(あるいは、よくなかった)。このことを再確認させてくれた麻生首相には拍手を送ろうではないか。
あえていえば、これが、鳩山総務相などと並ぶ、単なる選挙向けパフォーマンスにならないことを注意深くわれわれは見てゆく必要がある。このシリーズは、4年前の選挙の検証のためにも、政府系金融機関についての言説を検討しているのだ。再び、なにかに目をくらまされたり、騙されたりしてはならない。
前回は、2月末の経済財政諮問会議で、政府系金融機関についての議論を、本来長くやるはずが、2005年秋(あるいは2005年中)まで、と極めて短い時間に決着をつけようということになった、というところまでだった。
この記事の前の記事;「狂気への助走 2005年2月28日の経済財政諮問会議 郵政だけじゃない 政策投資銀行もまた株式売却の運命 朝日新聞で読み解く2」(「1」からあります。是非ご一読ください)
(http://mrknomousou.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/2-2005228-also-.html)
その後、4月1日には内閣府に「政策金融改革準備室」が設立される。4月末には郵政民営化関連法案が閣議決定された。
6月には決定的な文書となる、いわゆる「骨太の方針」が決せられ、ここで政府系金融機関の議論について、秋までに議論をし、「基本方針」を策定することが盛り込まれた。
この、「おもて」では「郵政民営化」問題が華々しく取り上げられていた。一気に「国民が関心を向けるべき」議題にまつり上げられ、議論が一部ではなされていた。むろん、この無理筋の話には反対も大きかった。そして議案は、衆議院は通ったが、参議院は通るかどうか怪しい状況にあった。「造反議員」が出れば、否決される状況だったからである。
そんな中、朝日新聞2005年7月31日に「郵政民営化 法案を可決すべきだ」なる、そのものずばりの小泉-竹中-一部経済界-米国応援「社説」が掲載されることになる。著作権の関係に配慮し、ある程度の引用を行いながら読み解いてみよう。まず、最初に、参議院で否決されたならば、衆議院が解散されるだろう、という見通しが述べられる。ついで、次の文が書かれる。
私たちは、郵政民営化を実現すべきだと主張してきた。・・・改めてこの法案を今国会で可決するよう求めたい。
・・・この巨大な「国営銀行」の仕組みがさまざまな非効率を生みだしてきた。「官から民へ」資金の流れを変え、日本経済の活力を取り戻す必要がある。これが民営化の眼目だ。
いまの法案は反対論に妥協し、当初の理念から後退したのは事実だ。それでも民営化のメリットを発揮できる線は保たれている。これが否決され、民営化が頓挫したときのダメージは計り知れない。
ここまでで、「朝日」論説子の立ち位置がはっきりする。I love Koizumi, I love Takenaka, I love USA とかいったレベルを超え、身も心も一体になっているかのようだ。次のように続く。
郵貯・簡保の巨大資金は・・・大量発行された国債の引き受け手の役割を担ってきた。郵政マネーという打ち出の小槌が、無駄な公共事業や非効率な特殊法人の業務を支えてきた面がある。
民営化することで資金がもっと効率的に運用される環境をつくり、同時に政府の野放図な財政運営を改めさせる。
いまの郵政公社が経営的に立ち行かなくなるのは時間の問題だ。公社の屋台骨を支えているのは郵便貯金の収益だが、ゼロ金利で預金を集め、国債を中心に運用するという単純なビジネスモデルは通用しなくなる。電子メールの普及で、郵便事業の売り上げも落ちている。
かつての国鉄のように、やがては税金で巨額の赤字を埋め、人員整理を強いられることになる公算が大きい。
民営化によって、これまで免除されていた法人税などが収入として国庫に入る。将来、株の売却益も見込まれる。国鉄型の処理を迫られる場合と比べて、その違いは大きい。
いやはや、全く郵政民営化推進派の主張そのものである。この論説子が、自分の頭で一から考え、そして、推進派と同じ考えにいたった、ということはまずないだろう。なぜなら、自分の頭で考えるなら、何かしら他人とは違う考えを持つからである。
すこし意外に思われるかもしれないが、日本の新聞記者は、自分で考えるトレーニングをかなり積んでいるとは、必ずしもいえない。というのは、新聞記者は、ニュースソースの提供する情報(大概は記者クラブなどで得られる)の要約を行う、ということが仕事の大きな部分を占めているからである。自分で考えるのではなく、得た情報の要約。
そして、しばらくすると記者仕事からも離れる。たぶん、中でも思考能力のある人物が論説を書くのだとは思うが、こういった「要約」カルチャーがむき出しになった文章を読むと、ああ、そうでもないな、ということを再認識させられる。
少し、歴史的な話をしておくと、朝日は昔(明治時代)、もっとずっと「大衆的」な新聞だった。いわゆる小新聞と呼ばれるものだ。そうした新聞の常として論説欄は、重視されていなかった。そこで、朝日(大阪、東京)は外部から論説を書くことのできる人物を呼んだのである。中でも有名な人物は池辺三山という方だ。このような改革を通じて朝日は小新聞から、大新聞にやや近づき、いわば「中新聞」とでもいうべき、いまにつづく、一見するとやや高級そうな大衆紙、という日本の主力紙全てに共通するスタイルの基礎を築いたのである。
そのときと同じ状況に戻ってしまっているのだろうか?新聞社内部ではきちんと自分でものを考えることのできる人間を調達できないような状態に。あまり考えたくないことだが、そういった人間は、どこかに追いやられているとか?
つづけよう。法案が否決されれば、(政府系金融機関についての話を含む)構造改革が弾みを失うという、脅迫(?)とも取れる文の後、こうつづく。
もちろん民営化するだけで即、バラ色の世界が開けるわけではない。民営化された会社の経営を成り立たせつつ、郵貯・簡保の巨額資金を市場を混乱させずに縮小させる。法案が成立したあとも多くの難題が待ち受けている。
こうした難題やさまざまな懸念は、これからの民営化プロセスのなかでこそ、具体的に解消していく努力が求められる。
これは驚くべき見解である。「民営化をしても、バラ色の世界が開けるわけではない」と言っているわけではなく、「民営化だけでなく、いくつかのことをやっていけば、バラ色の世界が開ける」と言っているのだ。
民営化したし、その後の難題もこなした。で、現在われわれが「バラ色の世界」に住んでいるかと言えば、そんなことは全くないだろう。(どこかからか、やり方に徹底さが足りないからだという、声が聞こえるような気もするが?)
民営化と、ひきつづく何かで、バラ色の世界を妄想する人物。この方が、この「社説」を書いたわけである。
そして、社説はこう結ばれる。
小泉首相の強引すぎる手法などに反発があるのは理解できる。政局への思惑もあろう。しかし、参議院が「良識の府」なら、大局的に判断すべき時だ。
「強引すぎる」手法、を結果的に不問に付しているが、この、目的のためには手段は正当化される、という事態の異様さは、この何年も、議会が全く機能しないことで、いやというほど体験した。これは正当化されない、してはならない、ということはきちんと譲れない一線としてわきまえるべきだ。朝日は、いつからファッショ新聞になったのか。大局的に判断というのも全く意味不明だ。そもそも、参議院は判断しない。判断するのは、個々の議員である。まあ、これは、もし民営化法案が否決されたら参議院は「良識の府」とは呼べないという非難を書いたつもりなのだろう。言葉の浅さが目に付くだけだ。
この文を全体としてみると、中ほどが小泉流郵政民営化の宣伝、そして、最初と最後になにかしら「自ら書いた文(?)」が書いてある。大学生がよく書く、どこかからか丸写ししてきた内容に、最初と最後に自分の意見らしきものがちょこっと付け加えてあるレポート、といったものとほとんど同じレベルのなのである。お寒いこと限りない。
この社説の問題点は、以上のように、全く自立した人間の文になっていないとか、全てが民営化された、新自由主義が隅々までいきわたったバラ色の世界を夢想する人物が書いている、とかいったことのみにあるのではない。
社説の最初に書いてあるように、この社説が出た時点で、かなりの確率で衆議院選挙があることがわかっていた。
とすると、この小泉-竹中-一部財界-米国LOVEという社説は、事実上一種の「選挙宣伝」の効果を持つものであるということだ。このときはまだ、もちろん、選挙には突入していない。しかし、もうすぐそれがあるというのなら、多少なりともバランスのとれた論説であってしかるべきだ。そうでないなら(そして実際そうでなかったのだが)、「朝日新聞は、全面的に小泉自民党を選挙で応援します」といっているようなものだろう。
選挙期間中の政党広告はそれとしてわかるようになっている。それを、わからないような形で社説にもぐりこませるのはいかがなものか。
そういった勘繰りをうけたくなければ、普段から、自分の頭で考えることのできる人物に、社説を書かせることだ。 つづく
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コメント
朝日新聞って、どこかおかしいですね。
朝日新聞は、北朝鮮を地上の楽園と宣伝。
地上の楽園を求めて、北朝鮮に帰還した在日朝鮮人たちは、「敵対階層」とされ、蔑まれ、強制収容所に送られるなど、辛酸をなめました。
朝日新聞は、何かの勢力に支配されたプロパガンダ新聞というのが、本性かもしれないなんて思ったりします。
朝日新聞には注意しています。
投稿: ふじふじ | 2009.02.11 17:14
ふじふじさま、コメントをいただきましてどうもありがとうございます。
北朝鮮報道について、私はどうこういう能力を持ちません。
ただ、朝日新聞が一般紙の中ではもっとも新自由主義路線を熱烈に支持してきたことは紛れもない事実です。
朝日以外の新聞も決して高級紙とはいえませんが、朝日はとりわけ経済部(政治部、論説もそうかもしれませんが)がひどい。新自由主義の敗北が明らかになったのですから、執筆陣を刷新すべきでしょう。
投稿: ほよっ | 2009.02.11 17:26